無二の一筆

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わたしと英語 〜海外駐在を思い出す 

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D750 + AF-S Nikkor 24-120mm f/4G 

 

1997年4月から約10年間、香港に駐在していた。

駐在当初は、イギリス領であり、中国に返還のときは繁華街でビール片手にカウントダウン。

当時そこそこ若かった俺、英語は好きで流暢な英会話に憧れていたが、学校で勉強できる程度だった。

香港のネイティブな言葉は「広東語」。

香港生まれの香港人はまず間違いなくこれを話す。

そしてイギリス領だったので、小さい頃から英語での教育がなされているから、みんな英語は流暢に話す。

日本人は日本語しか話せない人が多いが、香港人は広東語と英語を話す人が多い。

ともすれば北京語もいれた3種類の言葉を話す人もいる。

 

 

最初、現地の女性上司に英語で会話を試みるが、半分もわからなかった。

日本語の本屋(大丸にあったな)にいって、英会話の本を何冊も買って、仕事が終わり食事をしたあと家族が来るまでの仮住まいである寮で毎日復習したもんだった。

今日言われた言葉でわからなかったことを覚えておいて調べる。

言いたくても言えなかったことを調べて、明日使おうと決心する。

毎日がそれの繰り返し。

今から思えばものすごく単純なのだが、それすらとっさには出てこず、苦い思いもした。

 

 

 

趣味のテニスは香港でも続けた。

別の会社だが同じく駐在している日本人とも趣味を通じて仲良くなった。

そんなことをしているうちに、テニスクラブに所属して、香港人に混じって試合に出る様になった。

そして仕事終わりにクラブ対抗の団体戦にも出たりした。

相手は香港人、ドイツ人、イギリス人、イタリア人、韓国人もいたな。

テニスが終わってから、一緒にクラブハウスで食事しビールを飲むのがきまりだ。

日本人と対戦するのは稀だったから、英語が必須な状況。

だけどその頃はだいぶ英会話もできる様になっていたので、内容はよく覚えていないが(ロクな内容ではなかったのだろう)いろんな話を聞くことができた。

それから、なんだかんだと覚えたインチキ広東語で盛り上がったりもした。

 

 

そのうち、イギリスに長期出張する機会があった。

ロンドン近郊、ウィンザー城の近くだった。

仕事相手は地元イギリス人。

しかもオバチャンが多かった。

早口で捲し立てられるとわからない。

香港で聞き取っていた英語よりもはるかに早いし、ボキャブラリーも多いからついていけなかった。

これはやばい、と思いながらも毎日の仕事をこなしているうち、不思議なことにだんだん会話が成立するようになった。

「耳」ができたのかもしれない。

仕事が終わってホテルに帰り、テレビのトークショーを見ても、わかるようになった。

何がおかしくて観客が笑っているのか理解できなかったのが、自然と笑える様になった。

そういえば、ホテルのバーで夜に同僚とビールを飲んでいると、イギリス人?に話しかけられたことがあったな。

確か彼はダブリンから仕事でロンドンに来たのだとか。

しかも仕事の内容が結構被っていたら1時間ぐらい話していたかもしれない。

2度と合わないだろうし、名前も知らない・顔ももう覚えていないから、会ってももわからないだろうけど、楽しい時間であった。

英会話ができる様になってよかったと思った瞬間だった。

 

 

長期出張が終わって、香港に戻ってみると、周りの香港人の話す英語がものすごく遅く聞こえたな、そういえば。

遅すぎてイライラするほどに。

ああ、こうやって留学する人は英会話を身につけるのかな。

いまはもう日本に帰国してからしばらく経つので当時のような「耳」はもうないのだと思う。

でも英会話って、自転車に乗るが如く、覚えたら忘れないものらしい。

 

そうそう、香港人の女性上司は英文での公式文書も書けるほどの実力。

英語の言い回しや単語について教えてもらったな。

 

 

楽しみながら「財産」を気づけたことは本当にラッキーだった。

言葉は文化、英会話ができると自分の世界が広がる。

 

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